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コクっちゃおうかなぁ~♡

コクる、と言っても別に”愛の告白”ではありません。

実は7月から始めていた、ある事。

・・・そ ・ れ ・ は・・・。

ずばり 『ダイエット』 である。

始めた当初は本当に減量できるのか、半信半疑であり
自信もなかったので
ブログで発表は出来ずにいたのだった。
はじめの目標は
「3㌔…でも痩せたら嬉しいかな…」
と、超弱気なものでした。

で、実際2ヶ月半経過してどうなったのか?

9月25日現在、8kg減!です~♪

元は何㌔あったのかは、さすがに白状できかねますが(汗)。

出産記録の中にも書いたとおり
妊娠中には17㌔も増量してしまったのだが
出産翌日には7㌔減っており、その後も順調に減ってあと2㌔、というところまで。
しかし残念ながら、完全に戻りきる前に
体重グラフはじわじわ右肩上がり。

このままではイケナイ、と自己流ダイエットをやっても結局続かず。
2、3㌔減ってはリバウンド、の繰り返しでした。

そんな意思の弱い私がやっとこさ痩せられたのは。

コレのおかげ。
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それでも結婚前の体重にはまだほど遠いのだけれど。

私が本気でダイエットする、と頑張るのを見て
「俺もやろうかな」 と夫も便乗。
夫は14㌔落ちたそうです。

私はジーンズサイズが1サイズDOWN。
今までのがユルユルになってしまった♡
股上浅めのやつは、閉めたまんまでも脱げるまでに!
ぱっつんぱっつんだった服たちも普通に着られるようになったんだよ♡

でも、困りもの?なのが
やっぱりなんだけど、ブラサイズもDOWN。
昔のサイズに戻ってしまった。
ここだけは痩せないでほしかったナ~。
あと、靴もゆるくなってしまってちょっと困ってます。
太ると足サイズも大きくなってたんだな。
指が太って入らなくなってしまった結婚指輪も入るように。

今後もまだまだダイエットは続行します。
最近はちょっと油断?してしまってて
あまりリエータも飲まなくなってたんだけど
もう少し絞りたいので、気合を入れ直して頑張ります!

息子から「かあさんの好きな言葉ってなに?」と聞かれ
迷わず「アンチエイジング!」 と答えた私。
そのためにはまず、痩せなければ!!
体型がオバサン化していては話にならんっ!と決心したのでした。

きゃぁ~!ついにこのネタUpしちゃった~!!
もうリバウンドは許されないぞ。
(肝に銘じるためにも告ろうと思ったのだ)
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by ckana-ex | 2006-09-25 23:51

今までの人生で一番嬉しかった日 ~最終章~

こんなに長編にするつもりはなかったのに
気づけばこんなことに。

まぁ、それだけ長丁場のお産だったということで。

さて。
この陣痛室はベッドが3つ。カーテンでしきってあるだけ。
ここで何人の妊婦さんを見送っただろう。
みな、入ってきてウンウン唸ってたかと思うと
あっけなく分娩室へ移って行く。

すぐ隣の分娩室が私にはなんと遠かったことか…。

入院してから2晩目。
思えば入院以来、飲まず食わず、寝ず。
もう私の体力は限界だった(はず)。
こんなんじゃ、いきめないよ…。
と弱気になったりもした。
ときおり見に来る助産師さん。
ゴム手袋をはめ、子宮口を診る。
それも何度も何度も繰り返された。

いっそ帝王切開しちゃってほしい。
本気で訴えたが、「なぁに言ってんの。ベビーは元気よ」
お腹につけられたモニターでベビーの心音を計っていたが
順調とのことだった。
それは喜ばしいことなのに
「ちぇっ。チョット心音が落ちてくれれば帝王切開なのに」
などとバチ当たりなこともその時ばかりは真剣に考えていた。お馬鹿な私。

明け方になった。(14日)
陣痛はまさに佳境だった。
1分おきになった陣痛の合い間にはうとうとしていたが
下半身に走る激痛で目が覚める。
「そうだった…。陣痛の最中だったんだ…」と我に返る、を
いったい何度繰り返していたのか。
 『この痛みを例えるなら…
  ”トラックに腰を轢かれてさらにハンマーで叩かれてる感じ”かな』
などと考えてもいた。
寝不足のせいでちょっと狂い始めていたかもしれない。
2晩もろくに寝ていないから。

朝6時。
またもや診に来た助産師さん。
「やっと全開です。さぁ、分娩室へ行きましょうか。歩ける?」
やっとだーーーー!!!
もうすぐ終わるーーー!!!
そう思ったらスタスタと歩いた自分にもびっくり。
まぁ、すぐ隣りの部屋だからたいした距離ではないのだが。

時間外なので「先生すぐにコールして呼ぶから。それまで頑張ってて~」
と助産師さんは出て行ってしまった。

分娩室にたったひとり取り残された。
ものすごく不安になったが、
「よぉーし。もうこうなったら早く終わってやる!」と
ひとりでいきみ練習を始めた。
うーん、うーん、と何度か力んでたら・・・。
ぱんっ、とまるで風船が割れるような音とともに
足の間からざぁーっと液体が流れ落ちた。

えっ?何???
そこへ戻ってきた助産師さん。
「あぁ、これが本当の破水ね。今までのはちょっとずつもれてただけよ。
これからいよいよいきみが付いてくるわよ。」

いきみ、が、つく・・・?
何だ?そりゃ。
と思ってた、ら。
まさに勝手に体がいきみ始めた。
いきみたいと意思をもたずして勝手にいきんでる、みたいな。
スタッフが揃い始め、カチャカチャと器具の音。
いよいよかぁ~。でも肝心の先生はまだ???

そのとき。
やっと先生登場。
現れたその顔を見て、ぎょっ!!!
『隣りのご主人じゃん…』
健診では避けられても、お産で出くわしてしまった。

でももうそんなことも言ってられない。
何度かいきんでいるうちに…

めりめりっと骨盤が開く感覚。
いったぁーい・・・・と思ったそのとき。

おぎゃぁーーー!

午前8時20分。
無事に生まれた。体重3464g。大きい。

『はぁー・・・。やっと終わった・・・。』
これが第一声ならぬ第一実感である。
そして声に出した第一声は
「五体満足ですか??」 だった。

「うん。元気な男の子だよー。いやー長かったねぇ」
隣りのご主人、いや 先生、笑ってるし。

その後、後産があって縫合。
どれも全然痛くなかった。
そういや、産む最中に「そろそろ切ろうか」と会陰切開されたときも
全く痛くなかった。
そりゃそうだよ。
もう麻痺しきってたと思う。

縫合してる間、隣りのご主人…じゃない、先生はまわりのスタッフさんと談笑。(おいっ!)
「○○さんのご主人、若いんだよねぇ。よくスケボーしてるよね。」
「へぇ、そうなのー。そういえば旦那さん、よく頑張って待ってらしたわねぇ」

そのダンナはというと。
「奥さん分娩室に入りましたよ。あと2時間くらいかしら」と告げられると
「じゃ、いったん家に帰ってまた来ます!」と言い
大急ぎで帰宅したらしい。
思えば真夏のこの時期。
待合室で2晩泊まった夫はともかくお風呂に入りたかったらしい。
そりゃそうだ。

縫合も終わり、そのまま分娩台で安静にしてるところへ
夫が現れた。
見ると、その顔には流れる涙。
「赤ちゃん見たよ。頑張ったね。長かったね。」
そして。
「次は女の子ね」

・・・・・・・・・・・まだそんなこと考えられませんから!!!

その後、第2子をなかなか決心できなかったのは
このお産があまりにも辛かったから、というのも
理由のひとつであることは間違いない。

結局、出産予定日ジャストの8/14に生まれた息子。
もしかして…わかってたのか?
「まだ14日じゃないから、出ないよ~」と思ってたりしてた???なんてね。

そんな3日がかりの出産だったけど、その後は出産ハイになった私。
なんか眠れなかった。嬉しくて。
ほとんど寝てないんだから産んだらタップリ寝ようと思ってたのに。

結婚式の日、思った。
『きっと今日が人生で一番嬉しい日なんだろうな』

でも違った。

息子が生まれたこの日こそ、人生最大の幸せな日であった。

・・・それから10年。
日々、お小言の絶えない鬼ババ状態。
いやぁ現実は厳しいのだ。
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by ckana-ex | 2006-09-24 23:22

今までの人生で一番嬉しかった日 Ⅲ

8/12朝、破水で入院したが
そのときはまだ陣痛もなくいたって普通だった。
病室でウキウキしたりしてた。
ただ、緊張と興奮で 出された食事は受け付けなかった。
(後から思えば…食べておくべきだった)

午後になって義母が義姉と面会に来てくれた。
「きっと心配で仕事どころじゃないだろうね~」と
出勤した夫を気遣って
義姉がこっそり携帯を貸してくれた。
病院内は携帯電話禁止!なのは重々承知だが
トイレでこっそり電話をかけた。

「もしもし、パパ?まだ生まれないんだよ~。気配も無いよ」
「そうなの?オレ仕事が手につかないよー。」

夕方になり、やっと しくしくと陣痛?らしき痛みが始まった。
でもまだまだ余裕。
痛いときだけ ちょっと顔をしかめる程度。

夜になって夫が病院へ。
「明日からちょうど夏季休暇だから、今日はこのまま居るよ」
8/14の出産予定日に合わせて13日~休暇を取っていた。 
義姉が帰ったあとも義母は残ってくれていた。
きっと夜のうちに生まれると思っていたんだろう。

けれど。
このときはまだ 登山でいうなら5合目にも来ていないことを
誰も想像していなかった…。

夜になり、陣痛も増してきて
陣痛室に移動となった。
あぁ、きっともうすぐだ。
と、そのときは思ったのだが。

そのS総合病院の産婦人科。
今現在は改善されたか知らないが
当時は 『立会い出産不可』 『母子別室』 など、病院側が主導の産科であった。
当然、陣痛室には本人以外は入れない。
夫は義母と共に待合室で待つしかない。

夜中になり、陣痛はかなり激しくなっていたが
ときおりの診察では
「まだまだね。子宮口はまだ3センチ。」
えーっ・・・。じゃあ朝になっちゃうのかな。
そのうち私もウトウトしはじめ、陣痛は少し遠のいたりもしていた。

「寝ちゃうと陣痛は遠のくのよ。まぁでもまだまだ。子宮口は全然だから」
助産師さんのあっけないお言葉。
まだまだ、なの…?(涙)
ウトウトはしても痛みで目が覚める。
その繰り返しをしてるうちに・・・夜があけた。(13日になった)

夫と義母は結局、待合室で夜を明かしてしまった。
本当に申し訳ない。
私は子宮口を少しでも開かせようと 病院内の階段を昇り降りしたり
廊下を行ったり来たり。
痛みが襲ってきたときにはうずくまって待避。

待合室の夫のもとに行っては泣きついたりまでしていた。
「こんなに痛いのに生まれないなんて、なんで~??」
「がんばれ。がんばれ。」
夫はオロオロしながらも、何も出来ない。
腰をさすってくれるのだが…これが下手。
逆に痛いのだった。

もう外来が開く時間。
待合室には診察待ちの妊婦さんがたくさん。
そんな中でヒーヒー言いながら夫に泣き付く私。
「パパ、もう帰りたいよぅ。今回はとりあえずパスして出直すよ…」
「う、うん…。そんなことが出来るんだったらね・・・」
見ている妊婦さんたちは、さぞかし怯えたことだろう。

そんな状態のまままた夜が来た。2晩目である。
思えば、入院以来なにも食べていない。
食べるどころではない。
数分おきに陣痛が襲う。
なのに子宮口はまだだから、と言われる。

・・・思い返せば。
出産近くなってからの健診のとき。

「うーん。子宮口は1ミリも開いてないなぁ。」と先生。
だから何なのか、初産の私には意味がわからなかったが
「もういつ生まれてもいいくらい胎児は育ってるんだけど
 全然降りてないしね…」

    確かに色んな本によると
    「出産が近くなると、胎児が降りてくるので胃がすっきりしてくる」
    などと書かれてあったが
    そんな自覚、全く無かった。
    胸の真下から突き出たお腹。
    胃は常にムカムカと胸やけ状態。

「レントゲンを撮りましょう。胎児の頭が骨盤より大きいかもしれない。」
「えっ?もしそうなら…?」
「そうなら”帝王切開”だね」

ひぇ~~~っ!
今の今まで自然分娩するものと思ってたのに???

だが、レントゲンの結果は
「大丈夫。自然分娩で行けるでしょう。でも…降りてないんだよね。
 この子はお母さんのお腹にずっと居たいのかなぁ」
と先生は苦笑していたが。
以来、毎週 ”子宮口をやわらげる注射”というのを打つハメに。
でもビクともしなかったんだな。これが。

体重の増えすぎで産道に脂肪がいっぱい付いていたのか
それとものんきなベビーちゃんがさっぱり
そろそろ出るよ~の指令を出してくれなかったのか。

ともかくも私の初産ドキュメントはまだまだ続いてしまうのだった(笑) 
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by ckana-ex | 2006-09-23 22:32

今までの人生で一番嬉しかった日 Ⅱ

話はいったん初期に戻る。

妊娠がわかった当時は、都内S区に住んでいた。
夫の実家の近くだったので
義母に産婦人科を聞いた。

M産婦人科。
夫の同級生のお父さんがやってる産院である。
いつ行っても空いていて待ち時間ゼロのありがたーい病院。
義母によると「昔は混んでたのよぅ~。今はお産が減ったんだろうね」

夫も一緒に行ったこともある。
超音波を一緒に見るためだったが
同級生のお父さんに自分の嫁が診察されるというのも
何だかヘンな感じと言っていた(笑)。

先生は優しく親切で毎回の健診ではいつも同じ話(笑)
「東北出身じゃないよね?」
「違いますけど」
「なら、お茶うけに漬物なんてことしないよね」
「!・・・しませんよ~」
「よかった。妊婦さんはね、とにかく減塩が大切。あと添加物ね。」


その後、少し離れたところに引っ越したが
かわらずM産婦人科に通っていた。(月に一度の健診だし)
けれど、いざ産むときのことを考えたら
もっと近所にしておくべきかなと考え始め
妊娠8ヶ月になって、新居近くのS総合病院に転院。

大きな病院なので待ち時間は2~3時間は当たり前。
先生も5人くらいはいる。
みんないかにも大きな病院のエリート医師風。
冷たいわけではないんだろうが
混んでるからか、あっさり短時間の診察。
超音波写真も一度もくれなかった。
(あとで聞いたが、欲しいと言わなきゃくれないんだそうだ)

     おかげで息子のアルバムに貼られた超音波写真は
     M産婦人科でもらった一枚きり。
     やっと心臓の鼓動が確認できるようになった超初期のもの。



ところで、新居に越して2ヶ月経った頃
お隣さんが入居してきた。

ある日、その奥さんと立ち話をしていると
「どこの病院に行ってるの?」と聞かれた。
「S総合病院です」
「やっぱりぃ~。あのね、うちの主人そこに勤めてるの。産婦人科よ」

え~~~っ?!

あわてて病院の案内パンフを見返してみた。
産婦人科の担当医師・・・。
・・・あった。
H先生。今まで病院で会った事ないけど、いるのは間違いないらしい。
その先生が担当になってる曜日はゼッタイ避けよう。

だって。なんとなくイヤでしょう。そりゃ。
お隣りの旦那さんに診察される?まして内診だったりなんかしたら・・・。

    
                     またもや、つづく。
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by ckana-ex | 2006-09-20 14:56

今までの人生で一番嬉しかった日 Ⅰ

8月14日が息子の誕生日。

今年はついに10歳になった。
「ふた桁になった~」 と本人は喜び
「あれから10年か…」 と産んだ私は感慨深い。 

人生で初の、そして最後の出産になったあの日。
一度きりだからこそ、これほど鮮明な記憶は他にない。
まるで昨日のことのような 思い出。     

         
95年11月11日に結婚した私達。
知り合ってから 5ヵ月後のスピード結婚だったこともあり
1~2年は二人で楽しくきままに過ごそうと話し合っていた。

な ・ の ・ に …!!!
結婚式の翌月、来るべきものが来ない。
検査薬を買いました。

ビンゴ。妊娠です。

妊娠初期はつらい記憶しかない。
それは、『つわり』 。

ニオイというもの全てがダメだった。
食べ物の匂いだけではなく、
湯気もダメだった。
よく聞く『ごはんの炊ける匂い』 あれがあんなにイヤなものだったとは。
あと、コンビニの匂い。(おでんの季節だったからか)
すれ違うおじさんの整髪料の匂い。
お風呂あがりの夫のシャンプーの香りすら 
「ごめん、近寄らないで~」
自分がお風呂に入ってても 湯気でムカムカ
シャンプーしながら香りでムカムカ。

とにかく一日中、吐き気との戦い。
船酔いのようにとにかくずぅーっと気持ち悪い。
寝たきりのような毎日。
当然食欲はなく。
でも空腹はもっと気持ち悪いから
なんとか食べれる みかんや野菜ばかり食べていた。

なぜかすごーく食べたかったのは マックのポテトとポテチ。
すごぉーく飲みたかったのはコーラ。

もちろんどちらも妊婦にはおすすめできない。
「はじめての妊娠」 なんて本を読むと
そのテのことが山ほど書かれていて
夫にうるさく禁止されていた。
(かくれて食べてたけどね、ポテチ。)

1日10本には満たないタバコを吸っていた私だが
当然、そんなもの吸う気にならず 即やめた。
 (産後7ヶ月で復活しちゃったケド)

結婚して初めてのお正月には義母が
たくさんご馳走を作ってくれたのだが
どうにも受けつけず、嫁としてはサイアクの態度?
「すみません。食べられません」

そんなこんなでものすごーく長く感じた悪阻の日々であったが
安定期に入ると、少しづつ薄れていき
やっと妊娠を喜べる心境に。

お腹も出てきて、胎動を感じると 赤ちゃんがいるんだ~と実感。
マタニティー服を夫が買ってきたりなんかしてたっけ。
たま○クラブ とか マタ○ティー なんて月刊誌も隅から隅まで読み
とにかく興味の対象は 妊娠、出産、赤ちゃん のことばかり。

予定日が近づいた頃、気づけば17キロも体重が増加していた。
そりゃそうだ。
つわりがなくなったら食欲もすごくて
ちょっとは気をつけていたつもりだったが、そんなことに。  


今にして思えば、その体重増が
出産で地獄を見た原因でしょう…。


さてさて。
8ヶ月健診で性別がわかった。
私ら夫婦は性別を知りたい派だった。
夫の希望は「女の子!!ぜったい女の子!!」
私は「いーや。男の子がいい!!ぜーったいに男の子!」

超音波で見えたのは。
きゃわゆい おちんちん !
やったー!男だ!!

予定日が近づいてきた。
すでに腹囲は100センチ超え。
年配の方々は「これは男の子だね」と確信するような
いわゆる高い位置で突き出たお腹。
もう苦しくて苦しくて、早く産みたかった。
でも一方で。
こんなのがここから出るわけ???
ほんとに 鼻からスイカだよぅ。
無理だってば。
日に日に怖くなってきた。

いかにもな初産の妊婦さんの心境。
陣痛で来るのかな。
破水から始まるのかな。
ドキドキ、ハラハラ。

入院のしたくはとうに出来ている。
ベビーベッドだってもう用意万端。
あとは生まれるだけだ。


96年8月12日。(予定日は8/14)
なにやら 流れ出る感触で目覚めた。まだ朝の5時半。
破水だ!!!
生まれるんだ・・・。

待ちに待った日のはずなのに、いざとなると怖くて震えが止まらない。
これからどうなるのか、知らない世界へいざなわれるのは怖い。

6時半。
夫に付き添われ、入院。
でも夫は出勤しなければならない。
「きっと今日中には生まれるね」 と 話し合って見送った。

ところが、そう簡単には 生まれてくれなかったのだ。

                                  つづく 
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by ckana-ex | 2006-09-19 23:44

秋になってしまった。

心機一転、スキンを変えてみました。
秋だからこんなのもアリかな、と。
しかしここのブログはかわいいスキンがない!!
(引越しちゃうゾ)


えーっと。長期間、更新をサボりました。
息子の夏休みだったこともあり、なかなかPCに向かえなかったのが
当初の理由。

でも最近は別の理由がありました。

  NEW スーパーマリオ   にハマってしまい
時間さえあればピコピコやってしまっていたのでした…。

そもそもは8月の息子の誕生日に
弟夫妻からプレゼントしてもらったもの。
それを家族で奪い合ってやってました。
                 ↑過去形なのは。
いち早くオールクリアしてしまったダンナがイチ抜けしたから。

私の技術ではオールクリアはゼッタイ無理なので
もうこのへんが潮時でしょう。
(一応のクリアはした。☆2個状態)

さてさて。
毎回サボリのたびに苦しい言い訳から始めてしまうのですが。

夏の間もいろんなネタはあったのに
すっかり忘れてしまった。

けど、息子の生誕10周年を記念して?
とりあえず 出産記録を残そうと思ってます。
それと、1歳を迎えたくりりんの近況。
(近日公開予定)

まずは、再開のお知らせ?デシタ。
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by ckana-ex | 2006-09-13 23:22